人生ゲーム漬けなダメ人間のBlog


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昔の日記:fUteiKi_niKKi(old)
ゲームは何かのツールに取り込まれると思うんだよね

ついった、で書こうかなあと思ってたんだけど、やはりこっちで何度か書くべきだよなあと思ったので再度書いてみる。まあ、当の本人が見ているとも思えないんだけどさ〜


過去にも2,3回くらいはブログ上でこの話をしていると思う。ブログじゃないとしたら日記の方かな、どっちかわからんけど。でも、その頃から一貫してゲームはゲームとして残らないかなあと思ってるし言っています。なんでこんなこと書いてるかっつーと、任天堂さんが出したゲームのヘルプ機能。どうもあの機能は自分よりもさらにおっさんになった人たちには考えられないという声が目立つんだよね。でもさ、冷静になってみたら少し昔のゲームウォッチに戻るだけだと思うんだよね。感覚的に。


アーケードの話をすると最近カーレース筐体って芳しくないじゃないですか。バイクもしかりです。なんでかっつーと時代は自動操縦とか当たり前になってきているのに、いつまでもハンドルとアクセルとシフトブレーキっていう構成なんですよ。ロボモノ筐体とかやると良くわかるんですけど、あの手の筐体がずば抜けて映えるのはレバー操作もそうだけど、AIMの取り合いを如何にしてサポートするかって考えられたシステムにかるからなんですよ。よーするに僕らが想像もつかないくらいにハイテクだからです。未来を感じるってことは、そこに夢がある。進歩してたんです確実に。でも飽きられた。成長しないから。でもライト向けに単純化したところで楽しみなんてわかってもらえないんです。そりゃそうです。面白さの凝縮されたところをスポイルしてるんだからw


で、僕らゲームに求められたのは馬鹿でかさでも派手さでも見た目の目新しさでもない。確実に感じる未来なんですよ。少なくとも日本のユーザーが望んでるのはそういうもの。で、なんでそこまでわかってて売れないかっつーと今度は世代交代が始まってるから。しかも彼らは忙しい。ゲームだけに没頭してられない。ネットゲーだって複数掛け持ちなんて当たり前。そんな人たち相手に片手までできない暇つぶしなんて苦痛でしかない。だからゲームバランスよりも遊びやすさを求める。ゲームらしさよりもわずかな余暇を楽しむ娯楽らしさを求められるんです。そう、それは長くて苦痛の通勤時間をお気に入りのヘッドホンとそこから奏でられる音色に身を任せて時を過ごす自分の姿と一緒なんです。ゲームは娯楽の王道でもなんでもない。数娯楽の中の一部なんです。だからこそ娯楽は生活の一部になる必要があると感じたし、そのための入り口がチャット+ゲームという組み合わせのネットゲームだとも思った。確かにセカンドライフやiAやらは失敗したけど、それら全てを否定するには乏しすぎる材料だと思うんです。


もっと身近なところだとDSなんてどうでしょう?英単語、料理いわゆるシリアスゲームっていうのも所謂ながらプレイの一部です。これらはゲームですか?ゲームをツールとして使ったコンテンツではないのですか?僕が言いたいのはそういうことなんです。


確かにわかってくれる人は少ないですよ。でもね、じゃあそれが失敗だったり間違いだったりと否定する材料にはならないんです。ゲームの娯楽としての立ち位置は確実に変わってきてるんですから。だからこそ次はそういう現場で働いてみたいんですよね。同じ安月給でも未来を感じられないところで働くよりかはずっとマシでしょ?



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